河本裕之の移籍に思う

河本裕之の大宮への完全移籍が正式にリリースされた。
この移籍は肯定と否定が入り交じった感情と意見が自分の中でせめぎ合っている。

ただ確実に感じることは、河本の移籍は神戸の節目のひとつであることだ。
良くも悪くも、河本がいちばん神戸の選手らしい選手だった。
今は神戸にとって過渡期であり、それに伴う痛みだ。

熱い思いを内に秘めた男

奇跡の残留は果たした2010年の秋、ヒデの呼びかけで選手ミーティングが行われた。
河本はそこで思いを訴え、涙も見せたという。
選手ミーティングも残留につながった大きな要因のひとつであり、河本が熱い思いを語らなければ残留はなかった。

2012年、西野朗監督の評価は低くベンチメンバーからもはずれ、河本は出場機会を求めて大宮に期限付き移籍をした。
そのシーズン、神戸は降格し、大宮は河本の活躍もあって残留。
大宮から神戸よりも好待遇の完全移籍のオファーを受けるも、それを断って降格した神戸に戻ってきた。

プレー中であっても、主将になっても熱い言動を見せないが、熱いものを内に秘めている男である。

河本が抜けることは、単純な戦力としてだけではない。

チームの方向性とのギャップ

河本のJ1でトップレベルの守備力を持っていると思っている。
2011年シーズンの河本はJ1の守備貢献度1位の数字もある。
(※西宮 啓 著、『遠藤保仁がいればチームの勝ち点は117%になる-データが見せるサッカーの新しい魅力』)

しかし、大宮から帰ってきてからの2年間は、チーム戦術と自身のプレースタイルにギャップが生じていた。
良いパフォーマンスだったとは言いがたい。

監督が変わり、2015年シーズンのチームのスタイルがどうなるかまだ見えないものの、この2年を見る限り、河本が神戸で高いパフォーマンスを発揮するのは容易ではない。

この移籍は肯定的に捉えることはできない

河本の神戸を離れる重い決断を肯定してやりたい気持ちはある。
しかし、大宮でプレーすることがチャレンジだとはまったく思わない。
この移籍を肯定的に捉えることはできない。

年齢的に脂の乗っている時期を無駄にしないよう、より確実に試合に出られる方を選んだだけだ。
厳しくても神戸でチャレンジしてほしかった。

この移籍を肯定するときがあるとすれば、河本が神戸の前に立ちふさがり、神戸の攻撃を見事にシャットアウトしたときだ。

(終わり)

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